
『1Q84』
村上春樹著
新潮社刊
ほとんどの読者がこれまで
目にしたことのないものごと
1984年、東京。普段はスポーツインストラクターとして働きながら、潜在的な犯罪者を「処理する」女殺し屋としての一面も持つ青豆と、塾の講師をしながら文筆の仕事をする天吾。互いに接点を持たずに生活す
る二人は、天吾が17歳の美少女・ふかえりの小説『空気さなぎ』をリライトして出版したことを機に、現実と非現実が混在する世界「1Q84年」へと足を踏み入れていた。
物語が進むにつれ、主人公とともに現実世界からねじれた現実へと運ばれていく感覚が不思議でした。それは、この物語が非現実の世界を描きながらも、根底では現代社会の内包する問題や精神性を真正面から反映したもの、とても緻密に計算された物語だからだと思い当たりました。
作者は本作についてのインタビューで、この物語はオウム真理教の事件にふれたことがきっかけで生まれたと話し、「作家の役割とは、原理主義やある種の神話性に対抗する物語を立ち上げていくことだと考えている。」と語っていました。
世相を語ることよりも、人を惹きつける物語を書くこと。良い小説は時間の淘汰に生き残り、書かれた時代を反映するものとして人々に読み継がれるはず。そういった意味で、作家というものは誰よりも強いメッセージを世の中に送ることができ、多くの人々に問題提起をする可能性を持つのだという作者の信念を感じました。
本作は、従来の小説の枠を超えた新しい分野の小説であるという印象を受けます。それは『1Q84』が、とにかく色々な要素や可能性を持っているから。人間のナマの姿に迫る純文学的要素、いたるところに謎がちりばめられたミステリー的要素、目に見えないものが息づく幻想文学的要素、軽快な散文詩的要素、人間の原始的な宗教観に迫る神話的要素、リアリティに満ちたノンフィクション的要素が盛り込まれています。そしてそれは、自身の作家人生に大きく影響を与えたというドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を彷彿とさせます。
「"総合小説"を描きたかった」という自身の言葉どおり、現在までさまざまな形の作品を世に送り出してきた村上春樹氏の集大成ともいえる作品は、後世も脈々と読み次がれるであろう大作です。

















