石巻日日新聞の極限状態で生まれた手書きの新聞

    コンビニの前に貼られた壁新聞は市民の生活を支えた(写真・石巻日日新聞提供)

    震災により甚大な被害を受けた宮城県石巻市で、紙とペンのみで手書きした壁新聞を発行し、住民にニュースを届け続けた新聞社があります。大正元年に石巻で創業した石巻日日新聞です。

    市民に情報を届けたい…。地元新聞社の強い使命感

    「石巻日日新聞」は、毎日1万4000部を発行する夕刊紙。石巻市とその近隣の東松島市、女川町在住のスタッフが制作にあたる地域密着型の新聞社です。報道部長の武内宏之さんは石巻生まれ。愛する故郷を襲った震災に対しては、自然とはいえ、「ここまでやるか」という思いに駆られ、「しかし、ここまでやられたら、我々は『やるしかない』。そう思って自分を鼓舞しています」と語ります。

    震災の日の夜、社長と武内さん、営業部長の3人は話し合いました。「来年には創業100周年の節目を迎えるのに、震災を理由に新聞を発行しないのは悔いが残る。着の身着のまま避難した人々は少しでも地域の情報を得たいはずだ」と。
    「明日からも新聞を出そう」と社長が最終決断。家族の安否も分からないまま、その晩は3人とも社屋に泊まり込み、翌朝から作業を開始しました。

    幸いにも社屋は2cm程の浸水で済んでいました。とはいえ、電気もパソコンも輪転機も停電で使えず、全くのお手上げ状態。周辺はがれきの山とヘドロの海。再び余震が起これば、建物が倒れて津波が襲ってくるかもしれない。 取材も困難を極めました。まだ水が引いていない地域が多く、ズボンをまくり上げ、水とがれきの中を突き進みました。時にはがれきの中に遺体を見つけたことも。記者たちは悲しみを押し殺し、取材に邁進しました。「地域への情報提供。その役割を果たすことが、われわれの使命」。その一心でした。

    新聞用のロール紙から切り取った大きな紙にマジックで記事を書き、その原本をもとにスタッフが書き写しました。毎日6枚の壁新聞を作成し、石巻市内の5か所の避難所と1か所のコンビニに掲示。壁新聞は6日間に渡って発行され、19日付の新聞から輪転機での印刷を再開しました。

    紙とペンと人があれば、新聞は出せる

    こうして制作された壁新聞は、アメリカのワシントン・ポストにより報道され、ワシントンの報道博物館「ニュージアム」に永久保存されることが決定しました。「名誉なことですが、今は現状を伝えることで精一杯です」と武内さん。

    嬉しい出来事がありました。「昔からの読者の方が、11日の夜、真っ暗な社屋に人が出入りするのを見て、『日日新聞がきっと何かしてくれると思った。翌日に壁新聞を読んで、とても嬉しかった』って。あの言葉は、心底嬉しかったですよ」。「紙とペンと人があれば、新聞は出せる」。その信念を胸に、石巻日日新聞は地 域のためにニュースを送り続けています。

    2011年6月時点での情報です。

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